中津のオススメ御霊もみじ

御霊もみじ

隠れた紅葉の名所

御霊もみじは、耶馬渓の紅葉が終わった頃に見頃を迎えます。苔むした階段と色鮮やかな紅葉やイチョウのコントラストが美しく、隠れた紅葉の名所となっています。

御霊もみじについて
カメラマンも多く訪れる隠れた紅葉スポット
耶馬渓の紅葉が見頃を終えるころ、御霊もみじは見頃を迎えます。
村人である平岡藤次郎氏らが、神社の仮御殿にあった紅葉の木に五色の苗木を接木し、本殿に植えたものが御霊紅葉のはじまりとされています。

苔むした御霊神社の参道の階段の両脇にあるモミジが見事に紅葉している様子は神秘的ともいえる美しさです。
参道上に落ちた色とりどりの落ち葉が絨毯のように敷き詰められる様子も美しく、毎年その様子をカメラに収めようと多くのカメラマンも訪れる、知る人ぞ知る紅葉スポットとなっています。
 御霊もみじ紅葉
 御霊もみじ 石段の上から

石段の上からの美しい眺め

 御霊もみじ 灯籠と紅葉

神社中段広場は、神秘的な空間の絶景スポットです

 御霊もみじ 灯籠と紅葉

古い灯篭とのコラボが美しい

御霊神社と善神王様
 御霊神社
御霊神社について
天正17年、中津城主黒田官兵衛孝高、長政父子により豊前国築城郡城井郷の城主宇都宮鎮房が誅殺されてしまいました。
宇都宮氏の死を知った12人の侍女たちは、老臣池永左衛門等の計らいにより、この口の林まで落ち延び隠れていましたが、黒田勢の追手により捕えられ、命を落としたという痛ましい出来事が残っています。
現在の神社より北に110mほど離れた山国側沿いに、侍女たちを葬った塚(姫塚)があります。また、当時の人々は、この出来事を憐み御霊を慰めたとあり、それが御霊神社の始まりです
耳の神様・善神王様
善神王様(「ぜんじんおうさま」の読み方がなまり「ぜぜんのうさま」に変化したと思われる)は、文政年間(1818年~1829年)、頼山陽と親交のあった吉武久兵衛氏が耳の病気を患い、太田宮司(城井八幡社)に依頼し、大分賀来神社より御分霊をいただき御奉りしたのが始まりとされています。
その後も耳の通りがよくなるよう祈願する際に、竹の節にキリで穴を空けたものを歳の数だけ束ねて奉納するようになり、耳の神様として広く信仰されています
 善神王様御神木善神王様竹筒